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2007/04/27 金曜日 23:41:06 MDT |
モンゴルで日本語を教えている教師の間で、「ナカニシ レイコ」の名を知らない人はいないと言われるくらい中西令子さんは“有名”な先生だ。
12年前、モンゴルで初めて日本語を教えた人。この道一筋にずっと公立の第54小・中学校で教え続けている。どうやって日本語を教えるか、暗中模索しながら初等教科書もモンゴル人教師と一緒に作り、今もそれを使って教えている。
4月25日、学習発表会があるというので見に行った。講堂いっぱいに子どもたちが集まっている。モンゴルは日本で言う小学校から高校までが同じ学校内で学ぶため、年齢幅が大きい。これら300人余の子どもを、中西さんはたった一人で教えている。「毎朝8時から5時過ぎまで、びっしり」。ある日の時間割では40分授業を11コマぶっ続けで教えている。 「体力はまだまだ自信あるのですが、時に学校や父兄らとのあつれきで疲れますね」と先生。
発表会で子どもたちは、まず「真珠国建国」を宣言。世界の国と同じように、自分たちの国をつくり、大統領や各大臣が紹介された。国旗も国家も創り、全員が国民証を携えている立派な“独立国”だ。「国名の真珠は、真っ白な心を表しています。日本語を習っている初めての国をぼくたちが創った。それがうれしい」と大統領に選ばれた10年生のアマル君がほほを紅潮させて話す。
舞台では中西さんが工夫を重ねながら教えている日頃の成果がつぎつぎと披露された。子どもたちが身体や絵を使って漢字の成り立ちを表現する、クラス運営の様子を発表するなど歌や踊りだけでないユニークな出し物が目立つ。しかも全員の出番があるよう配慮されていたのは、さすが。
終了後の中西さんの一言は、「ほっとしました。これで眠れる」。一人先生の奮闘ぶりが実感できる言葉だ。
福岡県の出身。子どもの頃は「親が心配するほど遊んだ子で、いまだに基地遊びから足を洗えない」と笑う。日本では学童保育の仕事をしていた。子どもたちと体を張って向き合う姿勢はいまも同じ。
モンゴルにはふらっと訪れ、「住んでみたい」と思ったことから始まった。子ども大統領の彼が言う。「ナカニシ先生はちょっと恐いけど、子どもと一緒の気持ち。モンゴルで最初の日本語の先生だから尊敬しています」と。
「生徒に泣かされ、生徒に励まされてやってます」と中西さん。しかし、こんなこともあった。高学年の子らが化粧品をぷんぷん匂わせて来るので禁止したら、6人に授業をボイコットされた。逆にいいこともある。川越市の小学生との交換留学が続き、毎年2名が日本に招待されている。この週末には日本から6人の子どもがやって来て交流をする。
外国で幼い子どもたちに教えることは並大抵ではやれないが、「暇な時? 全くないですね。夏休みには蝶の研究をしている友人と遠くアルハンガイまで蝶を追い求めて行くことぐらいかな」。キビキビと動き、やる気満々の中西さん。教室の壁に、宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」の詩が張ってあるのが心に残った。
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